バングラデシュ チャクマ族の学生が映画配達人を始めました。

2019年3月25日・26日(バングラデシュの独立記念日)に、チッタゴン丘陵地帯のバンドルボン県、クミ・ムロ族の村で、移動映画館といくつかのプログラムを行いました。

キニティウ

この場を借りて、1つ新たなご報告があります。私たちバングラデシュ現地のボランティア団体 ChotoBela worksで、一校の学校運営を開始しました。名前は、キニティウ シシュ ショドン。シシュ ショドンはベンガル語で Child Care / 託児所の意。キニティウが学校の名前です。

学校運営は、予てからの夢の1つでした。移動映画館を行うこともそうだったように。

WTPと出会い、移動映画館を始めると共に立ち上げた ChotoBela works を、去年一年間はたくさんの現地友人たちがボランティアとして手伝ってくれ、アニメの吹き替えや映画上映を行いました。そうして今、一人の映画配達人と、ChotoBela works として本気で活動を広げていこうという仲間が二人できました。学校運営は後者の二人と、さらに現地ボランティアメンバーと共に行っています。

チャクマ族の学生が映画配達人に

昨年末、移動映画館を手伝ってくれていた一人の男の子・ハスから「僕たちの移動映画館のことを聞いて、うちでもやってほしい!といくつかの学校から頼まれてるんだけど…」と言われました。

その頃、自分一人でやることに追われて、いっぱいいっぱいになっていた私は「分かった!そっち(ランガマティ県)に行く時にまた連絡するね!」と返事をしてしまっていました。そうして、一時帰国の日が目前に迫り……一緒に何度か移動映画館を行って、こうして連絡をくれるぐらいの彼なら、一式しかない機材も、大事な映像データも(権利の問題で)、活動も任せられるように感じて、それらを一度託すことに決めました。

そして、今年一月、現地映画配達人・チャクマ族のハスによる移動映画館が実現しました。

彼は、今はチッタゴン丘陵地帯ランガマティ県で大学生をしている青年で、「授業や試験の合間を縫って、これからもやっていきたい!」と素直な気持ちを話してくれました。この地域の子どもたちにと映画を届ける活動を、学生の彼なりに色々発見や学習しながら行ってくれたら良いなと思っています。

キニティウで、移動映画館とバングラデシュ独立記念日プログラム

3月26日は、48回目のバングラデシュ独立記念日でした。

正直な私の見解ですが…主に私の寄り添って来たこの国の少数民族の人々は、バングラデシュの祝い事をあまり祝いません。多数派と文化や宗教が違うという理由もあると思うけど、その日を “少数民族ににとっては不幸になった日” と捉えている大人世代が、悲しいけれど少なくもないからです。もしも、イスラム教圏の国ではなくインドかミャンマーの一部になれていたら、バングラデシュ政府と内戦することもなかったと…お酒に酔った時や、村の片隅で話している場に、少なからず立ち会ってきてそう思いました。

数年間この場所で過ごし、そんな歴史も、根付いてしまった当事者世代の考えも、私には変えられない…と分かりました。変えようとして「日本は平和な国だからお前には分からない…」と反感を買ったことも多くありました。ChotoBela works とは、そんな理由もあり始めたものです。憎んでも変えられないし、憎むことは辛いし… ChotoBela / 子ども時代から柔らかく、前向きで、自分を貫きながらも生き抜く感性を持ってほしいと思いました。なので、3月26日は、ムロ・クミ族の子どもたちが集うこの学校でも、あえて独立記念日のプログラムを行いました。

3月25日、キニティウに行く途中に10kgの鶏を買いました。そして、キニティウに着き、夕方バーベキューをするために、自分たちで鶏を捌きました。

次に、ハスによる移動映画館のはじまりはじまり……クミ語・ムロ語が母語である子どもたちですが、この時は国語であるベンガル語で「ハルのふえ」と、DigiCon6 ASIA を上映しました。 また、ここも電気がない村なので、スクリーンなんかで映画を観るのはみんな初めてでした。

アニメの「ハルのふえ」で、実際、やなせラビット(ストーリーテラー)が観客に挨拶をするようにハスも話し始め、主人公・ハルと目の前の子どもたちを重ねるように、今から何かに興味を持ち、一生懸命に取り組むように教えました。個人的には、上映後にハスが「この映画のタイトルは何だったかな?」とみんなに質問して、子どもたちが「……パル……」と答えたのが面白かった(パルはハルのお母さんの名前)です。

そんなこんなで、初めて、自分以外の現地映画配達人が上映会を終始進める様子を目にして感動しました。

余談ですが、この時一週間、私の父もバングラデシュへ初めて旅をしに来てくれていたので、この現場にいました。

この日の移動映画館の風景は https://youtu.be/5UpItSXFDJU でもご覧いただけます。

映画の後は、生徒たちの新しいプロフィールボード作成のための撮影会やBBQなど、他のイベントも組み合わせ、日暮れまで楽しみました。BBQは仲良く2人で1本!それでも、普段は一ヶ月に一度かそれよりも少ない機会でしかお肉が食べられる経済状況ではないので、みんなではしゃぎながらいただきました。

翌日の3月26日は独立記念日のプログラム。世界中で歌われている “We Shall Over Come” のベンガル語バージョン “アムラ コルボ ジョイ” を歌いながら丘陵を登り下り、村を練り歩き、 昨日手作りしたショヒット ミナル(英語でMartyr Monument. バングラデシュでは各地にあり、重要な行事の時に花を添えに行く)の前で国歌斉唱をしました。

小さな運動会も行いました。そちらの様子も、良ければ動画 https://youtu.be/Y_-7fisuthg でご覧ください。

移動映画館+生のプロレス ミニ試合

2月のことですが、チッタゴン丘陵地帯ランガマティ県で、現地にあるカラテ教室と寄宿者学校で、移動映画館 + 生のプロレス ミニ試合を組み合わせたプログラムを2日間開催しました。

PURE-J という日本の女子プロレス団体から、3人のレスラーが遥々遠征に来てくれました。そもそもはマリ卍(内一人)が友人で、私が WTP のバングラデシュ支部として移動映画館を行っていることを知っていました。そして、ちょうど PURE-J のトップであるコマンド ボリショイ選手の引退前にあたり、彼女の『現役のうちにいろんな場所でプロレスを見てもらいたい!』という長年の夢をここで叶えたいということになり、それに賛同した勝 愛実選手も来てくれて…スクリーンでプロレスを上映する移動映画館と生の試合観戦!!というプログラムが実現しました。

私の映画配達人の経歴はたった一年ちょっとのものですが、移動映画館を行いながら、それだけだと、バングラデシュのパワフルな子どもたちにとって興奮が完全燃焼しない様や、興味津々になってもあと一歩近付ききれない物足りなさを感じていたので、何かを+で面白くしていきたいなと思っていました。なので、たまたまラッキーにも縁があり、2・3月と大きく移動映画館+プログラムが行えて、これからも繋がりや仲間の力を借りて、ChotoBela / 子ども時代を彩る経験を提供していけたらと思っています。

原田 夏美

日藝映画学科卒業後、ドキュメンタリー制作会社の勤務を経て、学生時代に映像課題のテーマにしたバングラデシュに2014年より暮らし始める。中でもチッタゴン丘陵地帯や少数民族地域と深く関わり、写真・映像制作を行う。現在は活動名を “ChotoBela works” とし、バングラデシュの子どもたちの「子ども時代」(チョトベラ)を彩れるよう、映画上映を含む活動に取りかかる。