World Theater Projectが活動を始めたのは、2012年のこと。
そこには、代表理事・教来石小織の強い想いがありました。

なぜ映画を届けるの?

「なぜ、映画なの?途上国には映画より先に届けるものがあるんじゃないの?」

たくさんの人にそう言われました。
確かに映画は、食糧やワクチンのように、生きる上で絶対に必要なものではありません。
でも、皆さんにとって、映画ってどんな存在でしょうか?
私にとっては、子どもの頃から、夢や生きる目的を与えてくれるものでした。

たとえばシンデレラを観たらお姫様になりたいと思ったり、007を観たら、スパイになるために勉強しようと思いました。

こんなに夢を与えてくれる映画ってすごい。
私も夢を贈る側になりたい。
将来は映画監督になりたい。
小学校の時からそんな夢を持ち続け、大学は、迷うことなく映画を勉強できるところに進みました。

夢を追いかけ、挫折した過去

大学3年生のとき、新しい夢ができます。途上国の村にホームステイして、ドキュメンタリーを撮っていたときのことでした。仲良くなった村の子どもたちに、「将来の夢はなんですか?」と聞いてみたんです。そしたらみんな答えられないか、先生とばかり答えるんです。

そうか。電気のないこの村には、テレビも映画館もない。
だから将来の夢を聞かれても、身近な大人の姿からでしか思い浮かべることができないのかもしれない。

知らない夢は、思い描くことができません。

でも、この世で子どもの可能性ほど、大切なものがあるでしょうか。

もしもこの村に映画館があったら、子どもたちはどんな夢を描くのだろう。

いつか途上国に、映画館をつくりたい。それが私の、もう一つの夢になりました。

しかし、映画監督になる夢を叶えることができないまま、途上国に映画館をつくりたいという夢も忘れてしまったまま、10年の時が過ぎました。私は派遣社員の事務員として、夢のことなんて忘れて生活していました。

子どもたちの笑顔

結婚に失敗したり、癌の検査に引っかかったり、生きる希望を失いかけていた時、ふと10年前の夢を思い出しました。
そんな時、偶然出会った仲間の後押しもあり、気がついたらカンボジア行きのチケットを買っていたのです。

カンボジアは1970年代半ば、100万人以上が虐殺された国。その時に映画文化も一度ほろびました。そんなカンボジアの子ども達に映画を届けたい。

友達に借りたプロジェクターと、私のベッドのシーツで作ったスクリーンと、村で借りた発電機で、即席の映画館をつくりました。
準備は整ったのですが、私の一方的な想いで始めたことだったので、子どもたちに受け入れてもらえるか不安でした。

そしたら子どもたちは、こんな顔で映画を見てくれんたんです。

タヌキのお母さんの行動に、お腹を抱えて笑ったり、お母さんと少年が別れるシーンでは、ボロボロと涙をこぼしたり。最後には拍手をしてくれました。この光景を見た時、私はこの活動を一生続けようと決意しました。

なぜなら初めてだったんです。
私の人生で、こんなにもたくさんの人たちに喜んでもらえたのは。
誰かに何かをしたくてカンボジアに行ったのに、逆に幸せや生きる希望をもらったのは、私の方でした。

「夢が変わりました」

一緒に、夢を追ってくれる仲間ができました。現在は20名弱のボランティアスタッフとともに、NPOとして活動しています。

映画を届けた子どもたちの中に、忘れらない女の子がいます。
大人たちが、タイに出稼ぎに行く村で暮らしているピーちゃん。

ピーちゃんは将来の夢を聞いたとき、先生になりたいと言っていました。
でも、映画を観たあと、こんなことを言ったんです。

「夢が変わりました。私は、映画監督になりたいです」

その瞬間、私は、この活動は、夢の種まきなんだと思いました。
カンボジア中に、様々な映画を届けて、夢の種をまきたい。

カンボジアの人口は1500万人。そのうち未来を担う子どもたちは600万人。
私たちだけでは、限界があります。
そこで私たちは、私たち以外にも映画を届けてくれる映画配達人を増やしたいと思いました。

もしもカンボジア中に、夢の種をまくことができたら。
カンボジアののどかな農村部で、映画を楽しみに待ってくれている子どもたちの中から、
もしかしたら将来、
世界中を感動させる音楽家が出てくるかもしれない。

世界一のサッカー選手が出てくるかもしれない。

映画配達人の数だけ、映画の上映機材が必要です。
もっとたくさんの映画コンテンツが必要です。

映画の数だけ、夢の数が増えるんです。

皆様、どうか、私たちと一緒に夢の種まきをしてくださいませんか?

あなたにできること