バングラデシュ 夢だった竹の家シアター

2018年9月10日〜16日の一週間、できたてほやほやの現地語吹き替え版「ハルのふえ」を持ち、バングラデシュの南東部、チッタゴン丘陵地帯で移動映画館を行いました。続いてニ県目、バンドルボンでの様子をお伝えします。

約束を果たしに

ランガマティからバンドルボンへ移動し、訪れたのは、今年4月に初めてWTPの活動を行ったボム族の村の学校です。

あの時はまだ、8分のクレイアニメ「フィルとムー」を一本持っていただけで、「もう一回観る!」という子どもたちのリクエストに、「フィルとムー」を2回観せることしかできませんでした。別れ際、「もっと観たかった…」と切なそうに言われ、「今度はもうちょっと長い、ベンガル語のセリフもあるのを持って来るから!」と約束したので、5ヶ月かかりましたが、ついにその約束を果たしにやって来ることができました。

上映前、可愛い制服姿の子どもたち(前回は祝日に訪れたので着てなかった)は、学校の前でビー玉遊びに夢中になっていました。マーブルケラというなまえで、バングラデシュで子どもたちに人気の遊びです。

ふと今「校庭で」と書かずに「学校の前で」と書くことにしたのは、日本の校庭を思い浮かべたら、ここが同じそれとは言えない気がしたからです。バングラの子どもたちは、わりと、自然の中からも遊びを見付けられる方だけれど…それでも、もう少し学校設備が整っていったらなぁ…と、私は思うのでした。

映画鑑賞後、再会を祝し、「フィルとムー」ステッカーを渡しました。待っててくれてありがとう!

ボム族の村の学校を去り、次はムロ族の村の学校へ。
こちらも4月に訪れて、私にとってなんだか愛着が湧いている一校です。

ムロ族は、チッタゴン丘陵地帯に暮らす11民族の中でも一番、原始の美しさを残していると言われる民族です。宗教もアニミズムという精霊信仰で、自然界の事物に霊魂や精霊が宿ると考え、諸現象はその意思や働きかけだと見なします。村では、長髪をお団子に結う男性や、赤ちゃんを布で包み胸と背中の両側で抱く女性といった伝統スタイル、時には、上半身裸の自然美と母性が溢れるお母さんの姿に出会うこともあります。原始的で、とても綺麗だと私は感じます。

子どもたちの耳飾りやビーズアクセサリー、髪に生花を結わえるのもムロ族らしさです。

最近は、キリスト教への改宗もみられています。現状の貧しさがその理由の1つだそうです。宗教や政治のことを、ここで私が強く言うことはできません…だけど、ただ、大好きな彼らには幸せな方向へ進んでいってほしいといつも願っています。

雨模様

同日、もう一校で上映をする予定でしたが、突然の豪雨となり、いつもなら数十分か一時間程で止むのが、結局この日は夜まで雨模様となりました。ということで、移動映画館は翌日に持ち越し。私は、学校の側の村で数時間雨宿りをしていました。

おじいさんは、縁側で竹細工を編み…おばあさんは、竹の家でストールを機織り…
子どもたちは裸で水浴びしながら駆け回り…赤ちゃんは竹の揺り籠で眠る…

停電し、台所ではお母さんが蝋燭を灯し、お父さんは桶で雨水を溜め、向かいの家の人は本格的に雨のシャワーで行水し始めました。

こんな雨模様も、移動映画館の予定変更さえ、この地で起こることなら、ほとんどが愛しい。

次はいつ来るの?

持ち越しとなったボム族の村の学校へ、翌日晴れて上映をしに行きました。

都合上、一時間目が始まる前の上映となり、子どもたちは寝起きで眠かったんじゃないか…と心配だったのですが、この村の友人から後日、子どもたちの写真とともに「『次はカートゥーンいつ来るの?』って聞いてるよ!」とメッセージが届き、嬉しい且つ安心したのでした。

移動映画館へのお礼に

「ハルのふえ」の劇中で、ハルとパル(母子)が村と街で離れて暮らすこととなり、パルが泣いてハルに抱きつくシーンがあります。その時、最後尾で鑑賞していたベンガル人の女の子が顔をくしゃっとさせ、感受性たっぷりに目を潤ませていました…子どもたちの大きな反応ももちろん嬉しいですが、この子のような小さな心の動きを目にして、またじ〜んとなるのでした。

上映後、子どもたちはフィルとムーを連れて校舎脇に飛び出しました。そして、何が始まるのかと思ったら…移動映画館へのお礼にと、上手な整列をし国歌斉唱、敬礼や行進する姿などを披露してくれました。

念願だった、村への移動映画館

今回の移動映画館のおおとりは、トリプラ族の村でした。

道のりは、首都ダッカからバンドルボン県までバスで9〜10時間、バンドルボンの町から丘陵地帯のガタガタな道路をCNG(軽トラのような車両)で走ること30分、歩くしかない小道を登り下りして一時間…カメラ係を主にしてくれるムロ族の友人と二人で、荷物を分け合い進みました。もっと険しい奥地が存在するので、これでも現地の友人たちには、そこは町中だと言われるでしょう。

村に到着し、「カルバリ」と呼ばれる村長の元へ行き、移動映画館でアニメを上映したいと話しました。そしてついに、私にとって念願だった「村へ移動映画館がやって来た!」というシチュエーションが、ここで初めて叶ったのです。

カルバリのアナウンス

村の集会所は、もちろんこの地の伝統の竹造り。竹造りの家は、外の光が編み目を通してキラキラ射し込み、若干涼しくも感じ、いつか私も一軒持ちたいほどのお気に入りです。竹の家上映会は、私の夢の1つでした。

カルバリが、突然この大きなメガフォンを窓の外に突き出しアナウンスをしました。「日本のカートゥンが来たぞ。今から集会所で上映だ。」という内容を言い放ち、マイクから離れると私に「観たい人は来るし、そうでない人はそのまま過ごすだろう」と言いました。

ムロ族の友人はカメラ係をしていて、設備を立ち上げるのは自分一人。暑さと緊張でより汗をかき、目に入って痛かったけれど、そんなことない自然なふりをして準備したのを覚えています。

竹の映画館

何度か移動映画館を行い、バングラデシュでは観客がじょじょに集まること、どんなシーンが好きなのか、話しながら観ることや間の手が入ったりすること、エンドロールをあまり観ないなど…心構えができてきて、私もどうしていいかが少し分かってきました。

村長の言葉はああだったけれど、自分のこれまでの経験を信じ、上映をスタートすると、村人はじょじょに集まってきました。外から観る人もいました。

数人が「ミーナ カートゥン」とアニメ映画のことを呼びました。ユニセフが以前、”For Every Child” と掲げ、Mother Language Project として「ミーナ」というアニメをベンガル語(バングラデシュの国語)、チャクマ語、マルマ語、トリプラ語(後者3つは少数民族語)で制作したことがあったため、トリプラ族の人たちはアニメ全般を「ミーナ」と覚えているのです。ミーナは宗教背景を感じさせず、生活と宗教が必然と共存するバングラデシュで、イスラム教のベンガル人も、仏教徒のチャクマやマルマ族も、ヒンドゥー教のトリプラ族もするりと観ることができるみんなのアニメなのです。

話はややそれましたが、気付けば、竹の映画館は満員となっていました。

みんなと、みんなの、希望の、あかりよ

私の好きな花火のドキュメンタリー(東日本大震災の夏に、人々を元気づけるために打ち上げられた花火の日までのお話。作品名は「LIGHT UP NIPPON」)があり、そのエンドロールの歌にこの見出しの歌詞があります。花火もそうだし、映画スクリーンのあかりもみんなのもので、見上げる人たちの顔が美しいという共通点で重なり、いつも思い出します。

おばあちゃんが「あんた、涼みなさい」と言わんばかりにうちわを貸してくれて、でも私の方は、少しでもおばあちゃんや子どもたちに心地良く映画を楽しんでほしくて、50分間の上映中ずっとうちわをそちら向きに回し続けた(現地のうちわは回す式)のもまた思い出…

実は、この村へはちょうど一年前も訪れていました。その時は、トリプラ族の伝統の、何重にも首に巻くビーズオーナメントを作るところが見たくて来たのですが、この人々に心からは受け入れられてないなと感じたことを覚えています。しかし、一本の映画を一つの場所で一緒に観た後、記念撮影をしようとなり、子どもたちならともかく、以前は写真に写りたがらなかったビーズ巻き巻きのおばちゃんたちが乗り気で、笑顔だったことが嬉しくて…これが私の報酬だと思いました。

移動映画館…またここへも来たいし、新たな人たちの元へも届けたいし、映像は作りたい…私の夢は続きます。

原田 夏美

日藝映画学科卒業後、ドキュメンタリー制作会社の勤務を経て、学生時代に映像課題のテーマにしたバングラデシュに2014年より暮らし始める。中でもチッタゴン丘陵地帯や少数民族地域と深く関わり、写真・映像制作を行う。現在は活動名を “ChotoBela works” とし、バングラデシュの子どもたちの「子ども時代」(チョトベラ)を彩れるよう、映画上映を含む活動に取りかかる。